「うちは地道にやっているから、わざわざ言わなくてもいい」 中小企業の経営者から、よくこうしたお言葉を伺います。慎ましさは日本の経営者の美徳ですし、実際に立派な取り組みをされている会社ほど、そう言われる傾向があります。 しかし、ESGに関してはこの姿勢が不利に働きます。理由は単純で、取り組みは外から見えないからです。 ■ 「やっている」と「言っている」は別のものとして扱われる 取引先の調達部門が、下請企業の環境対応を調べる場面を想像してください。担当者にできることは限られています。ウェブサイトを見る、アンケートを送る、認証や宣言の有無を確認する。この3つがほぼすべてです。 工場に足を運んで省エネの実態を確かめることも、従業員に労働環境を聞いて回ることもありません。つまり、外部に出ていない取り組みは、その担当者にとっては存在しないのと同じです。 これは金融機関の審査でも、求職者の会社選びでも、自治体の入札資格審査でも同じ構図になります。評価する側は、表明された情報をもとに判断せざるを得ません。 ■ 標榜することの実利 標榜は自慢ではありません。次の4つの実利があります。 【取引の入口を確保する】 以前の記事で触れたとおり、2026年7月に金融商品取引法が改正され、大企業のサステナビリティ情報の開示と第三者保証が法的に確定しました。開示対象の大企業はサプライチェーン全体の排出量を把握する必要に迫られ、取引先の選定基準にもESGの観点を持ち込み始めています。何も表明していない企業は、そもそも候補に挙がらない可能性があります。 【採用で見つけてもらう】 求職者は応募前に会社を調べます。労働環境への配慮や地域との関わりが書かれていれば、それだけで検討の対象になります。 【社内の目線が揃う】 見落とされがちですが、これが一番効くことがあります。対外的に表明すると、社内で「うちはこれをやる会社だ」という共通認識ができます。掲げた以上は続けようという力が働き、取り組みが定着します。 【自社の現在地が整理される】 表明しようとすると、何を書けるのかを棚卸しせざるを得ません。この作業自体が現状把握になります。 ■ 中小企業が使える「公的な宣言」の枠組み 自社サイトに書くだけでも意味はありますが、第三者の枠組みに参加すると信頼性が一段上がります。中小企業でも使える代表的なものを挙げます。 【パートナーシップ構築宣言】 取引先との共存共栄や、適正な取引条件の遵守を宣言する制度です。経済産業省によると、宣言企業数は2026年7月に10万社に到達しました。補助金の加点要件になっている例もあり、費用もかからないため、着手しやすい取り組みです。 【再エネ100宣言 RE Action】 使用電力を100%再生可能エネルギーに転換する意思と行動を示す枠組みで、RE100の中小企業版にあたります。遅くとも2050年までの転換を宣言し、目標年を定めて毎年進捗を報告する仕組みで、2026年3月時点の参加は388団体です。企業だけでなく自治体・教育機関・医療機関も参加できます。 【中小企業版SBT】 科学的根拠に基づく削減目標の認定制度で、中小企業向けの簡易な枠組みが用意されています。電力に限らず、温室効果ガスの排出源全体が対象になる点がRE Actionとの違いです。 【エコアクション21、えるぼし・くるみん・ユースエール等】 環境マネジメントや、女性活躍・子育て支援・若者雇用に関する認証です。建設業では経営事項審査の加点対象にもなります。 なお、環境省は中小規模事業者向けに「知る」「測る」「減らす」の3ステップで整理した脱炭素経営導入ハンドブックや事例集を公開しています。何から手をつけるか迷う場合の出発点になります。 ■ ここからが本題──言い過ぎのリスク 標榜を勧める一方で、必ずお伝えしなければならないことがあります。根拠のない表明は、何も言わないより危険です。 環境に関する表示は、景品表示法の優良誤認表示として規制の対象になります。実際に2022年12月、消費者庁は「生分解性」をうたっていたレジ袋やカトラリー等の販売事業者10社に対し、合理的な根拠が示されなかったとして措置命令を出しました。2023年10月には、そのうち1社に課徴金納付命令が出ています。 とりわけ注意すべきは不実証広告規制です。消費者庁から表示の裏付けとなる合理的な根拠の提出を求められ、期限内に提出できなければ、その表示は優良誤認表示とみなされます。「証明されていない」のではなく「出せなければアウト」という仕組みです。課徴金は対象期間の売上額の3%が基準となります。 消費者庁は2026年8月にも環境ラベルの表示に関する考え方を示しており、この領域への監視は強まる方向にあります。 ■ 安全に標榜するための5つの作法 難しく考える必要はありません。次の5点を守れば、実務上はほぼ問題になりません。 1. 事実だけを書く 「LED照明に全面的に切り替えました」は事実です。「環境に優しい会社です」は評価であり、根拠を問われます。やったことを、やったとおりに書いてください。 2. 数字と時点を添える 「電力使用量を前年比◯%削減(2025年度実績)」のように、対象と期間を明示します。曖昧な表現ほど誤認を招きます。 3. 根拠資料を手元に残す 検針票、算定の計算過程、使用した排出係数の出典。表示の裏付けとして提出できる状態にしておきます。これは第三者保証の時代における最も現実的な備えでもあります。 4. 範囲を限定する 「本社事務所の電力を」「この製品の包装材について」と対象を絞れば、誤認のリスクは大きく下がります。全社的・全面的と読める表現ほど危険です。 5. 目標と実績を区別する 「2030年までに◯%削減を目指します」と「◯%削減しました」は全く違います。目標は目標として、達成済みの事実と混ぜずに書いてください。 ■ おわりに 中小企業にとってのESGの標榜は、大げさな宣言文を掲げることではありません。すでにやっていることを、事実として、根拠とともに、範囲を明確にして書く。ただそれだけです。 慎ましさは美徳ですが、評価する側に情報が届かなければ、取り組みは報われません。一方で、実態を超えた表明は信用を失います。この2つの間にある「正確に伝える」という姿勢こそが、結局のところ最も強い発信になります。 まずは自社サイトに一段落、事実だけで書いてみてください。それが標榜の第一歩です。 ▶ 何を書けるか分からない場合は、当サイトの「ESGラクラク診断」で現在地を確認するところから始められます。社名・連絡先の入力は不要です。CO2算定ツールでは、算定に使用した排出係数の出典まで含めたレポートを出力でき、表示の根拠資料としてもご活用いただけます。 (出典:経済産業省「パートナーシップ構築宣言の宣言企業数が10万社に到達しました」(2026年7月7日)、再エネ100宣言 RE Action、消費者庁による景品表示法に基づく措置命令等)