建設業の経営者から「ESGと言われてもピンとこない」というお声をよくいただきます。 しかし建設業には、他の業種にはない特徴があります。ESGに相当する取り組みの多くが、すでに経営事項審査(経審)の点数として制度に組み込まれているのです。 つまり建設業のESG対応は、ゼロから始める新しい負担ではありません。すでに点数がついている取り組みを、あらためてESGという言葉で整理し直す作業に近いといえます。 ■ 経審のW点(社会性等)とESGはほぼ重なる 経審の総合評定値(P点)は、完成工事高(X1)、自己資本・利益(X2)、経営状況(Y)、技術力(Z)、その他の審査項目=社会性等(W)の加重平均で決まります。 このうちW点は、売上規模や業歴に左右されず、制度の申請や社内体制の整備によって短期間で動かせる項目とされています。そしてW点の中身を並べてみると、ESGの評価項目とほぼ重なることがわかります。 【環境(E)に相当するもの】 ・ISO14001(環境マネジメントシステム)の認証取得 ・エコアクション21等の環境認証 ・建設機械の保有状況(排出ガス対策型建設機械など) 【社会(S)に相当するもの】 ・建設キャリアアップシステム(CCUS)の活用状況 ・ワークライフバランスに関する認定(えるぼし、くるみん、ユースエール) ・若年技術者・技能者の育成および確保の状況 ・社会保険の適正加入、退職一時金制度や企業年金制度の導入 ・法定外労働災害補償制度への加入 【ガバナンス(G)に相当するもの】 ・建設業経理士等の資格者の在籍状況 ・防災協定の締結(自治体との直接締結、または加入団体を通じた締結) ・法令遵守の状況(営業停止処分等があれば減点) 環境認証、担い手育成、労務環境、災害対応力、法令遵守。これらはそのままESGのE・S・Gに対応します。制度の側が先に、建設業にESG的な取り組みを求めていたと見ることもできます。 ※ 各項目の加点幅や要件は改正により変動します。実際の申請にあたっては、必ず最新の基準をご確認ください。点数の詳細は建設業に詳しい行政書士等にご相談されることをおすすめします。 ■ 中小建設業者が取りこぼしやすい2つの項目 実務の現場でよく指摘されるのが、次の2つです。 【防災協定】 自治体と直接協定を結んでいなくても、加入している業界団体が協定を締結していれば対象になる場合があります。所属団体の協定状況を確認しないまま、加点を逃しているケースが少なくありません。 【ワークライフバランス認定】 えるぼし・くるみん・ユースエールといった認定は、取得している中小建設業者がまだ多くありません。逆にいえば、競合が取っていない加点です。認定取得は人材の採用にも直結するため、二重の効果が期待できます。 どちらも「知らなかった」で終わっている企業が多い領域です。次回の経審の前に、一度棚卸しをしてみる価値があります。 ■ 元請から求められるCO2排出量への備え 経審とは別に、いま急速に増えているのが元請からの排出量開示要請です。 以前の記事でも触れたとおり、2026年7月に金融商品取引法が改正され、大企業のサステナビリティ情報の開示と第三者保証が法的に確定しました。開示対象となる大手ゼネコンやデベロッパーは、自社の排出量だけでなく、サプライチェーン全体の排出量(Scope3)を把握する必要に迫られます。 その結果、下請・協力会社である中小建設業者に対して「御社の排出量を教えてください」という照会が回ってくることになります。しかも大企業側の数値には保証がかかるため、根拠の曖昧な概算では済まされない場面が増えていきます。 建設業で把握すべき主な排出源は、次のとおりです。 ・Scope1:建設機械・工事車両の軽油、現場発電機の燃料、社用車のガソリン ・Scope2:事務所・作業所・資材置場の電力 軽油の使用量は給油伝票、電力は検針票から拾えます。特別な設備投資は必要ありません。難しいのは算定そのものではなく、記録を継続する習慣をつけることです。 ■ 時間外労働の上限規制と担い手確保 建設業には2024年4月から時間外労働の上限規制が適用され、いわゆる2024年問題として長く議論されてきました。 これはESGでいう社会(S)の中心的な論点です。そして経審のW点でも、担い手の育成・確保として評価されます。さらに、人が集まらなければ工事が受けられないという経営そのものの問題でもあります。 労働時間の管理、週休二日の確保、CCUSによる技能の可視化と処遇改善。これらは規制対応であると同時に、採用力の強化であり、経審の加点でもあります。一つの取り組みが三方向に効くと考えると、優先順位を上げる理由になるはずです。 ■ 建設リサイクルと産業廃棄物の管理 環境(E)の面では、建設リサイクル法に基づく分別解体・再資源化の適正な実施と、産業廃棄物のマニフェスト管理が基本になります。 これらは法令上の義務ですが、記録が整理されているかどうかで評価は変わります。元請から環境面の取り組みを問われた際、マニフェストの管理状況や再資源化率を数字で示せる企業は、それだけで信頼されます。 ■ まとめ──「新しいこと」を始める必要はない 建設業のESG対応で最初にやるべきことは、新しい取り組みを始めることではありません。すでにやっていることの棚卸しです。 1. 直近の経審のW点を確認し、取りこぼしている加点項目を洗い出す 2. 軽油・電力の使用量を月次で記録する習慣をつける 3. 建設リサイクル・マニフェストの記録を整理する 4. 労働時間管理とCCUSの活用状況を確認する 5. 以上をESGのE・S・Gに整理し直し、元請への説明資料として使えるようにする 経審の加点、元請への説明、人材の確保。建設業においてこの3つは、同じ取り組みの3つの側面です。ESGという言葉に身構えず、まずは自社の現在地を確認するところから始めてみてください。 ▶ 当サイトの「ESGラクラク診断」には建設業向けの設問もご用意しています。社名・連絡先の入力は不要です。CO2算定ツールでは、軽油・ガソリン・電力の使用量から排出量を算定できます。