ホテル・旅館業は、ESG経営との親和性が非常に高い業種です。 理由は単純で、この業界の課題がそのままESGの論点と重なっているからです。光熱費の高騰は環境(E)、人手不足は社会(S)、衛生管理と個人情報保護はガバナンス(G)。日々の悩みごとに、すでにESGの三文字が対応しています。 そして宿泊業には、他業種にはない特徴があります。取り組みが売上に直結しやすいのです。 ■ なぜ宿泊業ではESGが売上につながるのか 宿泊施設の選定基準は、この数年で変わってきました。 【法人契約】出張時の宿泊先を選ぶ企業の中には、自社のサステナビリティ方針に沿った施設を優先するところが出てきています。開示義務化が進む大企業では、出張に伴う排出量もScope3の一部として把握の対象になります。 【修学旅行・教育旅行】環境教育や地域理解の観点から、宿の取り組みが選定材料になることがあります。 【インバウンド】欧米豪の旅行者を中心に、サステナビリティへの関心は日本国内より高い傾向があります。予約サイトで環境への取り組みが表示されるようになり、比較の材料として機能し始めています。 つまりホテル・旅館にとってのESGは、コストではなく販売条件です。ここが製造業などとの大きな違いです。 ■ 環境(E)──光熱費対策がそのまま脱炭素になる 宿泊業はエネルギー多消費型の業種です。客室の空調、給湯、厨房、大浴場。光熱費の負担は経営を直撃します。 だからこそ、省エネはESGのためではなく利益のために取り組む価値があります。 ・客室・共用部のLED化と空調の運転管理 ・給湯・大浴場のボイラー効率の見直し、循環設備の適正管理 ・清掃・リネン交換の連泊時オプション化(希望制) ・アメニティの個包装プラスチック削減、大容器ディスペンサーへの切替 また、宿泊業ならではの論点が食品ロスです。バイキング形式の提供量調整、宴会の予約人数と提供量の連動、食べきり推進の声かけ。これらは廃棄コストの削減に直結し、同時に環境面の取り組みとして説明できます。 以前の記事で触れたとおり、円安が続く局面では輸入エネルギーの価格変動リスクが高まります。使用量そのものを減らす体質づくりは、為替に左右されない経営基盤づくりでもあります。 ■ 社会(S)──人手不足は最大の経営課題 宿泊業の人手不足は、他業種以上に深刻です。そして人が確保できなければ、稼働率を上げたくても客室を売れません。 取り組むべきことは明確です。 ・労働時間の管理と、中抜けシフトの見直し ・外国人材の受け入れ体制(多言語のマニュアル、生活面の支援) ・女性・シニア人材が働き続けられる環境整備 ・ハラスメント防止体制(接客業特有の、お客さまからのカスタマーハラスメント対策を含む) 最後の点は特に重要です。従業員をお客さまからの理不尽な言動から守る方針を明示することは、いまや採用市場で評価される要素になっています。 地域との関係も宿泊業の強みです。地元の農漁業者との連携による地産地消は、食材の物流距離の短縮という環境面の意味を持ちながら、同時に宿の魅力そのものになります。 ■ ガバナンス(G)──信頼を守る仕組み 宿泊業のガバナンスで中心になるのは、次の3点です。 【衛生管理・食品安全】HACCPに沿った衛生管理、記録の保管、従業員教育。一度の事故が施設の存続に関わります。 【個人情報の管理】宿泊者名簿、予約情報、クレジットカード情報。宿泊業は要配慮性の高い情報を大量に扱います。取扱規程と従業員研修の有無が問われます。 【災害時の対応】地震・水害・大雪の際、宿泊客の安全をどう確保するか。避難誘導の手順、備蓄、多言語での案内。BCPそのものです。観光地の宿は、災害時に地域の避難拠点としての役割を担うこともあります。 ■ 何から始めるか すべてを一度にやる必要はありません。順番があります。 1. 電気・ガス・重油の使用量を月次で記録する(光熱費の分析と排出量算定を兼ねる) 2. 食品ロスの発生量を把握する(廃棄コストの見える化) 3. 労働時間とハラスメント対策の体制を確認する 4. 衛生管理・個人情報・災害対応の手順書を最新化する 5. 以上を整理して、自社サイトや予約サイトのプロフィールに掲載する 5番目が抜けている宿が非常に多いのが実情です。すでに良い取り組みをしているのに、それが外部に伝わっていない。法人契約の担当者も、修学旅行を選ぶ学校も、まず調べるのはウェブサイトです。 ■ おわりに ホテル・旅館のESG経営は、新しい負担を増やすことではありません。光熱費を下げ、廃棄を減らし、人が辞めない職場をつくり、事故を防ぐ。どれも経営者がもともとやりたかったことのはずです。 それをESGという共通言語で整理し、外部に説明できる形にする。それだけで、法人客・教育旅行・インバウンドという3つの市場での見え方が変わります。 ▶ 当サイトの「ESGラクラク診断」にはホテル業向けの設問もご用意しています。社名・連絡先の入力は不要です。CO2算定ツールでは、電力・都市ガス・LPG・重油の使用量から排出量を算定できます。