融資の面談で、こう聞かれたことはないでしょうか。 「御社では、CO₂の排出量は把握されていますか」 設備資金の相談に行ったはずなのに、なぜその話になるのか。面談の場では流しておいて、後から気になる——そういう性質の質問です。 結論から申し上げると、この質問は融資の可否を直接左右するものではありません。しかし答え方によって、金融機関から見た御社の経営管理の水準の印象は変わります。この記事では、何を聞かれ、どう答えるのが実務的に妥当かを整理します。 ■ なぜ金融機関が聞くようになったのか 取引先からCO₂排出量の提出を求められる話を以前の記事で扱いましたが、構造はそれと同じです。金融機関側にも事情があります。 金融機関は、自らが融資・投資している先の排出量を把握する必要に迫られています。サプライチェーン排出量の区分でいえば、投融資に伴う排出量はScope3のカテゴリ15に位置づけられます。つまり、融資先である中小企業の排出量は、金融機関自身の開示に必要な数字です。 加えて、環境省は地域金融機関向けに「ESG地域金融実践ガイド」を公表しており、最新は3.0版(2024年3月)です。これは、ESGの要素を考慮した事業性評価に基づく融資と本業支援を進めるための手引きで、地域の金融機関が取引先と対話するための具体的な進め方が整理されています。あわせて実際の取組事例をまとめた事例集も毎年度更新されています。 要するに、支店の担当者が思いつきで聞いているのではなく、本部からの方針に沿って聞いています。ここを理解しておくと、質問の意図が読みやすくなります。 ■ 聞かれる内容は、だいたい3種類 実務上、金融機関からの質問は次の3つに整理できます。 1つ目は、排出量の把握状況です。 「Scope1・2を算定しているか」「エネルギー使用量を月次で管理しているか」といった形で聞かれます。削減目標を持っているかを尋ねられることもあります。 2つ目は、気候変動による物理リスクへの備えです。 工場や倉庫の立地が水害のリスク区域にあるか、猛暑で操業に支障が出ないか、停電時にどうするか。実質的には事業継続計画(BCP)の話です。金融機関にとっては、担保物件と返済原資の両方に関わる論点です。 3つ目は、人材と労務です。 人手不足で事業が継続できるのか、技能の承継ができているのか、労務のトラブルを抱えていないか。中小企業の廃業理由として後継者不在と人手不足が大きい以上、これは信用の問題として見られています。 逆に申し上げると、環境報告書のような体裁の整った文書を求められることは、中小企業ではまずありません。聞かれているのは、経営として把握しているかどうかです。 ■ 「把握していません」より良い答え方 最も避けたいのは、曖昧にかわすことです。 把握していないのであれば、そう答えて構いません。ただし一言添えてください。 「現在はまだ算定していません。電気とガスの使用量は請求書で月次に把握していますので、今年度中に排出量として整理する予定です」 この答え方には2つの効果があります。現状を正確に伝えていること、そして期限を自分で区切っていることです。金融機関の担当者が本部に報告する際、「未把握」と「未把握だが着手予定」は別の扱いになります。 さらに言えば、請求書で月次に把握しているという事実そのものが、管理ができている証拠として伝わります。多くの中小企業は、年次の合計しか分かりません。 既に算定済みであれば、数字を出すだけで足ります。そのとき、算定の対象期間と使用した排出係数の出所を添えてください。根拠のある数字は、そのまま取引先への回答にも、補助金の申請にも使えます。 ■ 金利が優遇される仕組みについて サステナビリティ・リンク・ローンという種類の融資があります。あらかじめ設定した環境・社会面の目標を達成すると金利が下がる、あるいは未達なら上がるという仕組みです。地域金融機関でも取扱いが広がっています。 ただし、中小企業にお勧めできるかというと、慎重に判断すべきだと考えています。目標設定の妥当性について第三者の評価を得る枠組みが前提となる商品があり、その評価費用や事務負担が、金利の優遇幅で得られる効果を上回ることがあるためです。 借入額が小さいうちは、通常の融資で誠実に答えることの方が、実利としては大きいと見ています。制度を勧められた場合は、優遇される金利の幅と、評価・報告にかかる費用と手間を、金額で並べて比較してください。それだけで判断できます。 ■ 物理リスクは、地図で確認できる 3種類の質問のうち、2つ目の物理リスクは、準備が最も簡単です。 自治体が公表しているハザードマップで、本社・工場・倉庫の位置を確認してください。洪水、内水氾濫、土砂災害、津波、液状化。該当するものがあれば、それを把握していること自体が答えになります。 そして、把握した上での備えを一行で書けるようにしておきます。重要書類とサーバーの設置階、受発電設備の位置、浸水時の初動、代替の操業先、連絡網。すべてを完璧に整える必要はありません。リスクを認識しており、優先順位をつけているという状態が示せれば十分です。 逆に、ハザードマップを見たことがなく、「水害は想定していません」と答えてしまうと、金融機関の側では評価のしようがありません。 ■ 1枚にまとめておくと使い回せる ここまでの内容は、エクセル1枚に集約できます。 ・電気・ガス・燃料の月次使用量(12か月) ・Scope1・2の排出量と、使用した排出係数の出所 ・直近の設備更新の履歴(時期、内容、削減効果) ・立地のハザード該当状況と、とっている対策 ・従業員数、平均勤続年数、有給取得率、労災の発生状況と再発防止の仕組み ・保有資格と認定(省エネ診断の受診歴、各種認定の取得状況など) この1枚があれば、金融機関の面談にも、取引先のCSR調査票にも、補助金の申請書にも、求人票の作成にも使えます。聞かれるたびに作り直すのが一番の無駄ですので、1枚を育てていく形にするのが実務的です。 年に一度、決算の後に更新する運用にしておくと、負担はほとんどありません。 ■ まとめ 1. 金融機関の質問は、相手にも開示の事情があって出てくるもの。試されているわけではない 2. 聞かれるのは、排出量の把握、物理リスクへの備え、人材・労務の3点 3. 未把握なら「未把握だが、いつまでに整理する」と期限付きで答える 4. ハザードマップの確認は、今日できて効果が高い 5. 回答をエクセル1枚に集約し、年1回更新する 金融機関との関係は、長期の情報の蓄積です。聞かれたことに数字で答えられる会社だという印象は、次に資金が必要になったときに効いてきます。 (出典:環境省「ESG地域金融実践ガイド3.0」(2024年3月)および同別添資料・事例集、環境省・経済産業省「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」におけるScope3カテゴリ15(投融資)の区分) ※ 本記事は上記資料をもとに当社が内容を整理・要約したものであり、各資料の原文そのままではありません。融資の条件や商品の内容は金融機関ごとに異なりますので、個別の判断は取引先の金融機関にご確認ください。